そして無職へ

今日は何をしようか

さて、仕事が無くなってからどれくらい経っただろうか。次の仕事が決まるまでは無職。BIGが当たれば悠々自適な生活が待っているだろう。今回も外れれば今まで通り貧困、社会弱者というむごい現実にさらされる事になる。それとも良い所に就職が決まって今までよりマシな生活にありつけるだろうか。ここ数年を振り返ってみても、何もない。振り返りたくない現実がそこにはある。それでも心と体はボロボロになるまで擦り切れている。休もう。とにかく休もう。しかし寝ていても退屈する。酒は体を壊すので飲みたくない。タバコも結局ストレスを増やすので吸いたくない。運動はもう少し回復してからにしたい。やることが浮かばないので結局ゲームして過ごす。それよりはマシだと思い 絵を描いてブログを綴る。音楽を聴いて心を休める。この生き地獄をいかに生きのびるか。何もしなくていい事と何でもできる事は天と地ほども違う。心の鎖を引き千切ろうともがく。鎖を外す鍵はいつ無くしたんだろう。鎖はいつの間にこんなに太く強くなったんだろう。この鎖はオレの心の中にある社会だ。心の中まで縛り付けてくる。年齢とともにその正体が見えるようになり、より大きく強く自分を締め付けるようになった。鎖につながれた心は怒りや悲しみをまき散らしたが、今は諦めようとしているかもしれない。戦う気持ちを無くしたら、そこで何かが終わる。何かを始めるには何かを終わらせなければならない。今はそんな場面なのだろうか。答えはない。答えなどいつもありはしない。正解を求めるように洗脳された思考回路を組みなおすための鍵はその辺りに落ちているような感覚に包まれた。「答えは無い」それが鍵だ。正しさなど必要などない。なぜなら、この社会での正しさは自分で決めたものではないからだ。メディアや関わる人々に刷り込まれた正しさは自分の人生を正しくしてはくれない。むしろひん曲げてしまう。オレは自分の人生を生きねばならない。それだけは分かっている。仕事が無い今こそやりたい事をやるべきだ。あと数日休んだら進もう。そんなことを考えていたら少し気が軽くなった。前に前に、進み続けるしか心を軽くする方法は無いのかもしれない。流れを止めた水が濁るように、流れ続ける事が心を自由に近付けるのかもしれない。囚われない心を望んで生きてきた少年は、中年になり濁りきった心に気付いた。今はそんな心境だ。自由には損も得も無い。ただ流れを感じればいい。流れの中で生きる事。それは時間を生きる生物の宿命。時間という莫大で緻密な流れはいつもそこにある。オレは何を見て生きていたんだろう。

生き甲斐についてもう一度

自分の生き甲斐というものをもう一度見直す時期が来ているのかもしれない。ふと、そんな考えが頭をよぎった。この人生を何に捧げるのか。こんなことを考えるのは、色々誤魔化しながら何となく生きるのがもう限界だからだろう。

  • プランA:金のために生きる
  • プランB:人のために生きる
  • プランC:趣味のために生きる
  • プランD:社会のために生きる

何となく思い付くのはこのくらいだ。この4つだとプランCの趣味に惹かれる。では何の趣味に生きるのか。人生を捧げるような趣味があるのか、というと思い浮かばない。これまでの人生で趣味には情熱も時間もお金も注いできた。その上でコレだ!というものがない。正確に言えばその時はコレしかない!と思っていたのだが、今ではそうは思っていないものばかりだ。新しい何かを始める気力もない。なので趣味に生きるのは難しいと判断した。人のために生きるガラではないし、ましてや社会のためになんて身を捧げられないタイプの人間だ。消去法で結局お金。お金のために生きるのがオレらしいという事か。金の魔力に憑りつかれて数字が増えるのを何よりも大切に生きるか。この数字は大きいほど幸せになれると錯覚させられるもので、少なすぎると生きるのがツラいものだ。将来への安心感を増大させる数字。お金。仕事が決まったら思い切って始めてみるか、 貯金というやつを。ああそうだ、プランE:仕事に生きるってのがあったか。それはいいな。お金も稼げて一石二鳥。こうしてお金と仕事に生きるだけの人間が誕生した。しかし、心は乾いている。そういうお金や仕事ではない何か新しい事をやりたい。その思いはあるものの、形にする実力がない。当面はこのブログを生き甲斐にしてみようかという思いがサラリと頭の中を流れた。それでいこう。自分を思い切りぶちまけられる場所はここしかない。ネット上に公開するので最低限の倫理観は守らなければならないが、そこさえ守ればあとは大体自由だ。思いのままに書ける。とにかく書きたいことを書き続けるという行為を続けてみようと思う。心を流れに乗せて進ませるために。

もう少し何かが書きたい夜

今日は何故だかもっと書きたい気分だ。書くことは何も浮かんでいないのだが、そういう気分なので進めてみる事にした。書く作業、この場合はタイピングなのだが、その作業自体を続けていたいという欲を感じる。内容はある程度どうでもよくて、ただ書いていたい時間。それが今だ。こういう場合は大抵ただの蛇足となって後で全部消すような事態になるのだが、今日はどうだろうか。伝えたい内容の無い文字の羅列。もともとこのブログには大層な内容なんて無いじゃないか。そう思う事で気を楽にする。オレの愚痴の全てが詰まっているようなこのブログにはそれなりに愛着も出てきた。自分のブログを卑下した自分を恥じた。内容の有無なんてものは読んでくれた人が決めるものだ。オレはオレの思う事を書けばいい。まずそういう思考になれない自分を恥じて、考えを改めることにした。書きたいものを書く場所。それはこのブログの存在意義とも言える。誇りを持って続けて行こう。自分を貶めても自分は喜ばない。オレは自分を喜ばせたい。自分を喜ばせるために生きたい。これが今日の締め。お休み。

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