言葉の力

自分の記事を読み返して、励まされたり、やる気がでたりする。そういうの、何かいいな、と思う。さらに誰かの力になればもっと嬉しいのだけど、自分の力になる言葉と誰かの力になる言葉って、違うんだろうか。いつか分かるようにになりたいものだ。

コトバノチカラ

目の前の相手に向ける言葉、自分に向ける言葉はそれなりに分かってるつもりだけど、「誰か」に向ける言葉というものをよく分かっていないように感じる。ブログを続ける以上、少しでも理解を深めていきたい。

読んで欲しい人と目的

どんな人に向けて書くのかを意識した方がいい気がしてきた。これまでの記事は、ほぼ自分に向けて書いているものだ。誰かの力になるためには、このままのスタイルではいけないように思う。20代の頃と違い、他人への興味がほとんど残っていない現在、意外と難しい課題だと感じる。自己完結している殻を割らねばならない。あまり気が向かないのが本音だが、このままでは成長は望めないので、少しずつ殻を割る作業をしてみようと思うのだった。

なぜ誰かの力になりたいのか

他人への興味が無くなったと言いつつ、誰かの力になりたいという矛盾した状態は、どこからやってきたんだろう。自分でもよく分からないが、考えてみれば自分をよく知るって、簡単な事じゃないような気がしてきた。自分をもっと掘り下げて、理解を深くしておいた方が生きやすそうだし、この際だから考えてみよう。

自分を理解すること

まずは自己分析してみる。

性根

性根は短気。ベースに短気がある。とはいえ、年齢とともに経験を重ねて忍耐力も身に付いてきてはいる。それにしても人の心の核の部分は、変えがたいものだ。「三つ子の魂百まで」というのがいかに的を得た表現であるか、身をもって体験中だ。ただ、核を包む外壁は生き方と考え次第でそれなりに変更可能だと思う。

明暗

人当たりは明るめ、思考は暗め、といったところか。幼少期から親に否定され続け、気分に任せて殴られ、怒鳴られが基本で、優しくされた記憶が思い出せない。そんな教育を正しいと思って疑わない親の顔色を窺わされ続けた。母親には手を挙げなかったが、子供には容赦なく暴力をふるい怒鳴ってばかりの父親、365日愚痴ばかりを延々と聞かせ続ける母親が、お金の事でケンカばかりしていた家庭環境。今思えば地獄である。

倫理観

理不尽な事で怒鳴りつけられるのがしょっちゅうだったためか、理不尽な事や間違ったことが嫌いな心が強かった。今でも、そこそこそんな要素を持っているが、自分が損してまで間違いを正そうとするほどは残っていない。

突然訪れる無力感

ここまで書いて、だんだん自分に自信がなくなってきた。こんな自分に誰かのために力になるなんて無理だという思いが沸き上がってくる。魔界から悪魔を召喚してしまったかのように、思い出してもツラいだけの過去を思い出してしまった。このままではいかん。自己分析はこの辺にしよう。

自分を肯定する力

嫌な感じがまとわりついて身動きが取れなくなったとき、必要なのは自分を肯定する力だと思う。圧倒的な自己肯定能力を手に入れたい。自己否定ばかり身に付いた自分を救うべく、自分を肯定する力を求めた旅が、いま、始まる。なんつって。

気楽な力

まっすぐ問題にぶつかるだけが解決法ではなく、適当な感じや気楽な感じも持ち合わせていた方が、解決には近道になる。どうも真面目に突き詰めると暗い感じが出てきてしまうのは自分の悪い癖のようだ。時には雑に、大体に適当に、そうやって物事と向き合って生きる事を身に着けたい。

どん底からでも這い上がろう

何かを成し遂げることなくいい年齢になってしまった自分は、やはり自分を誇る事が難しい。それでも、時間が残されている事に感謝し、これからの未来を明るいものにしていきたいと思う。言葉の力と意思の力を信じて突き進むしかない。自分が突き進むことを書いていく事が、誰かの力になれると信じて進む。進んでいれば、何かがあるさ。とにかく進もう。

まとめ

がんばります!

コメント

タイトルとURLをコピーしました