FewRew

これからの人生に望むこと

人は必ず死ぬという事実

今から死ぬまでの時間が、自分の人生である

どうやってその時間を使うのが自分にとっていい事なのかを考えてみる。過去を振り返っても、何故かわからないが、つらかった事や恥ずかしかった事を思い出したりする確率が高く、あまりいい事ない。友達と楽しかった思い出を懐かしむくらいならいいけれど、基本的に過去は忘れて生きた方がいいみたいだ。今とこれからを考えて生きる。心の時間と違って、現実の時間は逆には進まない。心も現実に合わせて時計の針を進めていこう。

覚悟の決め方

最後に迎える死というものを、いいものだと思ってみる。現実の全てからの解放であり、無への旅立ちであり、無の先にある何かへの旅立ちであるとする。人生は、その旅への準備だとする。無への準備期間としての現世での人生。意味があるかないかは自分で決めるもの。感じるもの。精一杯自分の過ごしたいように過ごしていきたいと思う。その過ごし方は誰かに評価される必要はない。自分という審査員が良いか悪いかどちらでもないか、どちらでもあるか、どうでもいいかなどを判断するものだ。自分が判断するという事が、自分の人生の覚悟につながる気がする。一般的にくだらないとかスゴイとかつまらないとか面白いとか言われそうでも、それはそれとして、自分がどう思うかを優先する。自分の生き様の判断は自分でする。

覚悟を決めると景色が変わる

若い頃に「もうどうなってもいいや」という、諦めと開き直りとその他諸々の感情が入り混じった状態で生きていた時期があった。自暴自棄のようだが、開き直ったような状態が良かったのか、それによって人生が切り開けた時もあった。「ああでなければ」「こうしなければ」という状態では進めなかった事もある。

今求めているのは、そういう一過性の「どうにでもなれ感」ではなくて、もっと腰を据えた感じの開き直りだ。最後は無へと旅立つのだから、無になる前の有を楽しんでおこうというような達観からくる継続的で根本的な開き直りを求めている。覚悟が固まれば、見える景色が変わるだろう。被写体にドンピシャでピントが合っていて、他はキレイにぼやけた写真のように、やるべき事、やりたい事に焦点が当たり、それ以外がぼやけてどうでもよくなるような景色を見ながら生きていきたい。

人生の切り開き方

とにかくやってみる

やってみたいと思ったり、興味が出た事は、そう感じただけですでに大事な出会いを果たしている。まずはやってみよう。後の事はやってみた後で考えるようにする。それを信念にする。やる前にはわからなかった事がわかるようになっただけで、人生は変化しているのだ。とにかくやってみよう。

「どういう生き方をしたいのか」を考えること

若い頃、よく考えていた。どうやって生きていくか。何をやりたいのか。自分らしさとは何か。漠然としたまま結論を先延ばしにして時は流れ、そういう事を全く考えなくなって過ごしていた。このブログを始めた事でまた考えるようになってきている。喜ばしい事だ。どうゆう生き方をしたいのかを考える事がこんなに楽しいと感じれる自分になっているとは思わなかった。これからも取り組んでいこうと思う。

-FewRew