気楽に生きる

気楽に生きるよどこまでも

連日に渡って嫌なモノを吐き出し続けた結果、気楽に生きたくなった。楽観的に考えて何となく生きる。やりたい事をやって、その結果を受け入れたり拒絶したりして生きる。なるようにしかならない。なるようになるだけだ。とにかくそういう感じで生きたいと思った。どうでもいいを増やす。何でもいいわけでは無い。どうでもいい事をどうでもいいと捉えて生きる。どうでもよくない事をなるべく考えて生きる。考える時はなるべく気楽に考える。やりたい気持ちを塞いでくる思考を叩きのめす。発生すらさせないように意識してみる。やりたいようにやる。できる事は限られているが、それでもやる。自分のしたいようにやる。結果はなるべくいいように考える。良くない結果だったらその時どうにかする。いや、良くない結果なんか知らない。拒絶する。受け入れない。それでいい。

良い加減で生きる

自分の気持ちのバランスを見ながら生きる。自分を気遣って暮らす。どうでもよくなってきた。どうでもいい。ただ何となく生きればいい。やりたい事なんか特にない。楽に生きたい。楽に死にたい。面倒な事は避けたい。気分の悪い事は避けたい。気持ちのいい事をして、気楽に生きたい。それがオレの良い加減。無理はしたくない。強制もされたくない。ピエール瀧を無罪にして欲しい。マスコミに滅んで欲しい。厚生労働省を解体して欲しい。法律を変えて欲しい。日本政府を解体して欲しい。税金を無くして欲しい。この国の仕組みから抜け出したい。人を不幸にする行政執行機関が無くなって欲しい。叶わない願いが多過ぎる。金も権力も人脈もアイデアも何にも無いからこうして愚痴を吐くのがやっとだ。国民の幸せを邪魔しないで欲しい。幸せを追求したいだけだ。迷惑行為も犯罪行為もしたくない。だから迷惑と犯罪の定義をちゃんとしてくれ。デタラメばかりまかり通るのをやめてくれ。正義の味方なんかいない。欲望がのさばってるだけだ。救いなんかない。だから自分で自分を救う。全部どうでもいい。放っておく。どうにもならないしどうにもできない。楽に生きるだけ。この国が嫌いになってきた。それも自然の流れなのだろう。なんだこれ。ほっとけ。国民が国を嫌いになるように仕組まれてるのか。なんでここまでデタラメな事ばかりなんだ。仕組みの限界はとうに超えている。民主主義なんて嘘っぱちの宗教だ。洗脳だ。使い捨てるための国民。国は民を守ろうとはしてない。民である俺達には国と戦う力がない。団結する度胸もない。人任せ。他人任せ。結果の美味しいとこだけ受け取ろうとするだけ。そういう気持ちがこの国をこんな風にしてしまったのだろう。矢面に立つ奴はバカか権力者か成功者だけ。みんな下を向いて生きる。まだこんなに愚痴がでるのか。どんだけ溜め込んでたんだ。心が健康を失ってしまうわけだ。こんな愚痴、言う場所が無い。仲間がいない。立ち向かう敵が大きすぎる。だから、気楽に考えよう。できる事をやるだけだ。それは何をしてても変わらない。自分を優先して生きればいい。誰かに構う余裕はない。なるようにしかならない。それが奇跡だろうが何だろうが、なるようになるだけだ。どうにもできない事は知らない。関係ない。ほっとく。誰かを助けようとしない。自分だけだ。まず自分を救え。おやすみ。

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