何も浮かばない

何も思い付かない。Nothing’s coming to mind.書き始めは大体そんなものかも知れない。とにかく今日もこうしてパソコンの前に座ってタイピングをすることができた。昔ながらのデスクトップパソコン。買ってから3年くらい経つ気がする。去年、突然電源が入らなくなって壊れた。もともと自作パソコンが好きだった事もあり、何台かパソコンを組んだ経験を生かしてマザーボードを交換したら治った。良かった。ホントに良かった。始めは電源がイカれたのかと思って電源を交換したけど治らなかったのでマザーボードを交換したという流れだ。値段に対して手に入る性能とカスタマイズ可能なところが好きでデスクトップPCが今でもオレの母艦だ。ニトリで買ったお気に入りのチェアに座り、打ち心地の好きな安物のキーボードを指先で叩いてタカタカと入力する。この行為が結構好きだ。だから、何も浮かばなくても何かを入力したくなる。ここ数日、ひたすら愚痴や自我をブログに書きまくったおかげで不満が少し減ったのか、ただ単に仕事で疲れて頭が回らないのかよくわからないが、昨日までと違って何となくぼんやりしている。それでいて書きたいことが浮かんでも上手くまとまらない感じがする。ま、そんな日もある。やる気が無いのはいつもの事だしあまり気にしてもつまらないので考えるのを止めた。

タメになる話

先ほどYahooニュースでお金持ちのおじさんがタメになるっぽい話をしている記事を見た。おお、そうだ、オレもタメになるような記事を書こう、と思った。が、なかなか浮かばない。ああいうのは成功した人がその成功を背景にして語るから見る方は「なるほどそうか、だから成功したのか、納得。」みたいな効果を感じれるわけなので、オレのようなクズが書いても上手くいかない気がする。こうやって何かをやろうと思っても即座に自己の可能性を否定するのはクセになっている。それこそ暗殺一家に育った子供が音を消して歩くのがクセになっているかの如くである。役に立つような良いクセを持って生きる人になりたかったが、今のところ残念な結末に向かって猛ダッシュしているところだ。こうやってイジけたような事を書く時が一番楽しいかも知れない。なぜなのか。背伸びしない、見栄も張らない、誰にも期待しないし期待させない、そんな自分の精神状態はネガティブであってもラクなのだろう。ラクだから楽しいのかというと少し違う気もする。楽しいのは解放感が発生するからだ。自分が自分のままでいられる時間を満喫できるからだ。ああ、今日もこの感覚を味わう事ができた。この感覚にだんだん依存してってる自分が分かる。できるだけ毎日感じたいと思う。ほとんど文字だけのこの空間にしか存在しないオレの自己セラピーのような感覚。自分をダメダメ書いてる方が落ち着く感じがする。そのうち飽きるのだろうか。未来は分からない。分かった試しがない。上手くいかないようなイメージはある。しかし宝くじが当たるようなラッキーを望んでいる。そういうゴチャゴチャした感じ。過去はしょっちゅうオレを嫌な気分にさせたりする。いい事もあったハズなのに、思い出すのは嫌な記憶ばかりだ。ポンコツなんだろう。だから、ラクなのは今だけだ。画面に向かって思い付くことをただ打ち込むこの時間がラクだ。ネットをうろつくと上手い事やったユーチューバーが稼いだ金を使ってさらなる金儲けを企画していたり上手い事やった人が何かタメになりそうな話をしていたりして気が滅入る事が増えた。自分の心と向き合う方が、世の中と向き合うよりラクになった。とにかくラクがしたいオレはラクだと感じる方に向かって進んでいく。おそらく最後の瞬間までそんな感じなのだろう。大きなミスをしたわけでもないと思っているのに、だんだんと状況が悪くなっていく将棋の盤面のように人生が進んでいくのを感じる。何とかいい手は無いかと探ってみるものの、特に思い付く手が無いままに残された選択肢の中から何となく良さそうな手を選んで指してみる。相手はきっとオレより先まで読んでいて、いいコマを手にしていて、勝つための計画を練っているんだろう。そんな感じだ。どうしたらいいのか何も浮かばないのに次の一手を指さねばならない。その一手は相手の望んでいるような、その先の自分を不利にするような一手に感じても指さねばならない。延々とそういう選択が続いていくような未来なら浮かぶのに、最善の一手は浮かばない。タチの悪い悪夢のようだが、それがオレの現実だ。思い切って玉砕覚悟の一手を打てばキレイに玉砕するだろう。こうやって自分の想像が自分の未来を黒く塗りつぶしていく。ああ、嫌だ嫌だ。何の救いもない展開だったな。もう寝よう。

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