マウンティングからの逃避

人生とは、人の意識とは、時としてこんがらがるものである。かく言う私も、よく迷子になる。そんなとき、何にすがるべきか、それは「まあいいや」である。ここでは健やかに、晴れやかに逃げるための「まあいいや」について研究していきたい。

逃げちゃえ

成功と挫折

高い壁に挑み続け、最後には突破する。そんな展開に人は胸打たれ、挑み続ける姿勢をみて応援したくなる。世の中には成功者があふれ、テレビをつければいつだってそんな成功者の歩みに触れる事ができる。だが、それは一握りの人たちの話である。おとぎ話のようなものだ。俺を含め、世間にはその成功者たちの何十倍もの挫折者がいるだろう。負けたまま、ほどほどで暮らす人間にとっての楽しい生き方を考えていきたい。

逃げるという選択肢

テレビをつければ稼ぎがいい芸能人のマウンティングや生まれついて金持ちな業界人のマウンティングにさらされてしまう。負けても踏ん張って生きてる人を踏みつけてくるのだ、それも堂々と。自然と垂れ流され続けるマウンティングのを見るのはもう嫌になったので、最近はもっぱらアベマTVのヨコノリチャンネルばかり見ている。ネットを見てもYOUTUBEで誰々は年収いくらだの、ブログで月にいくら儲けただのという露骨なまでのマウンティング情報があふれているので、なるべくそういう記事に出会わないようにしている。

資本主義の世界で

大金を持っていないという事は、金本位制、資本主義というこの世界での敗北であると、大金を持ってない人は大したことないと、そんな価値観を浴びせ続けられて正気を保てるほど俺は強くないのだ。悔しいので、いつかカウンターとして一発くらわしてやりたいと思っている。想像力を駆使して新しい価値観を生み出し、大金がなくとも幸せに暮らす人々とともに、攻撃的な資本主義の勢力に立ち向かっていきたい。とか言いつつ、宝くじを買い、大金を夢見る自分がいる。矛盾だ。大金という魔力に吸い寄せられる自分を止める事などできない。志の高かった人物さえ、金に心を売り渡してしまう例は歴史上いくらでもあるだろう。

まあいいや

こうやって混乱してきたら「まあいいや」という呪文を唱える。どうにもならんし。投げ出し、逃げ出し、行き場のない不満やどうにもできない歯がゆさを適当に吐き出し、心をニュートラルな場所に持っていく。「まあいいや」の呪文で、精神的なダメージを受け流していく。それでどうなるかというと、少なくとも自分を追い詰めずに済むようになる。権力も名誉も大金も手に入らなかった人生に折り合いをつけ、前を向くことができるようになる。つまり、過去から逃避し、未来を見るための呪文なのだ。

まとめ

結局何が言いたいのかよく分からなくなってしまった。ここまで読んでくれた人に申し訳ない。このままじゃこのブログが盛り上がるのは随分先の話になるだろう。だが、オレはこう思うのだ、まあいいや、と。

コメント

タイトルとURLをコピーしました