人生の時間

無駄な時間

例えば、人生に無駄な時間などないとする。だとすれば、時間の有効活用とは何なのだろうか。限られた時間を精一杯生きるために、時間を無駄にしない生き方をしようとするのと、適当に思いつくまま生きようとすることは、何が違うのか。ただの生き方の選択に過ぎないのか。人生の無駄をそぎ落としていくと、何が残るのか。人生に無駄なものはあるのか。無駄という言葉が謎の言語に見えてくる。

運命

運命というものを信じるならば、無駄な事など何一つないのではないだろうか。すべてが定められた通りに進んで行く世界。そんな世界を生きているんだろうか。地球ってなんなんだろう。宇宙ってなんなんだろう。疑問ばかりが浮かんでくる。

有意義な人生

そんな人生が存在するんだろうか。そう思える人生はあるだろう。だが、意義の決め方は人それぞれ。ってことは考え方次第とも言えるだろう。無駄死にという言葉があるが、見方を変えればそう言われてしまうような終わり方をした人の人生も、有意義な人生だったとも言えるケースがあるはずだ。

行動と結果

何を為したかで人生を決めるのであれば、行動と結果が全てとなる。だがそれは、自分以外の誰かに分かってもらう必要がある場合だけで、自分さえ完結して納得していれば、人に誇れるような事なんか何もなくても素晴らしい人生だと全身で感じる事ができるだろう。

答え

人生についても地球についても宇宙についても、自分は何も分かっていないのだという事が分かった。そして、分からないまま死にゆくとしても、自分の答えを見つける旅を続けていこう。

自分が向かう先さえ決まっていれば、進もうが立ち止まろうが戻ろうが、そんなに迷うことなく生きれるのだろうか。残念ながら俺はここ10年ほど、自分がどこに向かっているのかわからないまま生きてきた。最近は、ブログとともに生きていくという道を目指している。

まとめ

こうやってアレコレ考えても、普段の生活が劇的に変わるわけではないが、徐々に頭の中がスッキリしていくのを感じている。ぼんやりと何をしようか考えていた時間は、ブログに何を書こうか考える時間に変わってきている。このまま小さな変化を続けていけば、今は見えない地点からの景色が見えるようになるんだろう。今はとにかくその景色が見たい。どこかに向かっている、という事実が心の何かを刺激してくれる。今はそれが心地良い。進み続けよう。この道でいいのだと信じよう。

 

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